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◇自問自答は“ツッコミどころ満載”の巻

◇自問自答は“ツッコミどころ満載”の巻

気分や調子の良いときであれ
そうでないときであれ
自分に何かしらの言葉をかけたり
自分と何かしらの会話をしてる

 “自問自答”

…ちょっとステキだ。えっ、何が?
 
 その問いと答えとを
 口にさえ出さずにいれば、
 「思慮深い人」と思われる。
 「暗い人」と思われるから、
 “ちょっとステキ”くらいに留めておこう。

ところが、この“自問自答”、
傍から見るとかなりツッコミどころ満載な
会話をしていたりする。

 “俺って最高だよな”
 “このままでいいんだろうか”
 “どうしよう”

こんな問いをされたとして
いったいどんな顔をして、どんな答えを
すれば良いか悩みどころ。

 “俺って最高だよな”・・・「たぶんね」
 “このままでいいんだろうか”・・・「いいんじゃない」
 “どうしよう”・・・「すきにすれば」

って答えたとする。
きっと、その友人なりは、

 「もっと、真面目に考えてくれよ」とか
 「冷たい奴だなぁ」とか

不快感を示すこともあるだろう。あるいは、

 「だよなぁ」と。

後者の場合は、自分の中の答えを
自分以外の人に同意して欲しいぐらいだから
問題は解決してるんでいいんだけれど。

こちらが答えようのない問題に
もしあえて、さらに関わるとしたら
もう少し情報が欲しいところ。
何の情報もなく、
「不真面目」だの「冷たい」だのと
言われても、困ってしまう。
・・・“新たな情報収集”のコミュニケーション
   ここから対話が始まる。

ところが、“自問自答”の場合、
問い側も答える側も“自分”だったりする。

そして、両方自分だから
“情報が少ない”というツッコミは成立しづらい。

考えても見ると、
 “自分が言っていること”が
 “自分には分からない”と
自分につっこみを入れたことがどれだけあるだろうか?

・・・・ほとんどの人はないのでは?

そう、自問自答の困るところは
自分の中にある情報だけで
答えを出してしまおうとしてしまうところ。

もうすでに、何らかの結論を
…その結論に確信がもてていない
 考え方と情報しか持たないの自分に
 訊いているのだから
それはもはや、

“結論の濃縮作業”になってしまう。

新たな結論が出にくいし、
“ポジティブな判断はよりポジティブ”に
“ネガティブな判断はよりネガティブ”に
なりがち。

そんなとき、自分の使っている言葉に
今一度、新しい情報を、確認のために
加えてみるのはどうだろうか。

人は、
 見たいモノに意識を向けてみようとする
というより、
 見たいモノしか見ない。

つまり、私達が意識していた
“気づいていた”情報には、ヌケモレがある。

どんなに、MBAで学んで
MECE(もれなくダブりなく)を実践しても
それ以上に優秀な認知の効率化(省力化)
が機能している。
だから、私達はいつでも、
気づいているものだけに気づいていて
気づいていないものには気づいていない。

ここを前提に考えておくと、
私達の世界は、まだまだ、可能性に溢れている。

自分の世界の中だけで、思考を濃縮する

 “自問自答”

これが時として、上手く機能しなくなるときには

どうぞ、優秀な人もそうでない人も
ことごとく持っている、認知の効率化機能に
敬意を払い、
 “自問”にもツッこみを入れ
 “自答”にもツッこみを入れる。

周囲の世界を、自分の知恵に
巻き込むのだ~。という訳です。

“自分”の知っていることに、
あらためて、“興味”を持ってみる
“今”の自分を適切に評価して、
“次”の自分の設計図にする。

そのやり方も、僕にとっては、
NLPで手に入れて頂きたいことの一つですね。

(初出 アメブロ“ひじま・まさき”のブログ 2015.7.28 一部改編)
http://ameblo.jp/awakeners/


Team-Awakeners ひじままさきのNLP/コミュニケーションワークショップ
こちらのHPで紹介しています。→ https://team-awakeners.com/

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