街を歩く時「気になる路地」に出会います。
急いで時間がない時でさえ、身体の重心が
その路地の方向に動き、まるで「吸い寄せられている」
感じを覚えたりします。
理性では、
「待ち合わせ時間が迫っているから先を急がなくちゃ」
と、行動を促しているのに、
身体では
「おもしろそうな路地だ行きたい!」
に行動を促される。
時間を守るのか、おもしろい体験を追求するのか
行動の理由は、
自分の「大切にしたいもの=価値」に
支配されます。
つまり行動を起こすモチベーションの源は、
何を大切(重要)にするかという“価値”です。
なので、今こう思います。
どうして物理の授業に「おもしろさ」がなかったんだぁ
と(物理の担当の先生すみません)
半分以上本音なのですが
これまでの人生でも、
したくないことがたくさんありました。
その中にも
やらずに済んだこともあれば
いやいやしたこともあります。
その“人生経験”でひとつ言えることは
「いやいやでもやっておいたことは良かったし、
やんなかったことも、一回はやっておけば良かった」
ってこと(ひとつじゃなくて、ふたつだ)
なんだかんだ言って、経験は
思わぬ時に効きます。
予想外の展開には効果てきめんです。
ずいぶん「いやいややったこと」の経験に
助けられたものです。
そんな僕にとっての
モチベーションの源は
「おもしろい」
ということ。
ですから、いまさらながら
「物理の先生ぇ~も少し面白さをぉ~」
なのです。
このことから、
僕に何かを依頼したい時、
僕に何かをさせたい時には
「おもしろさ」の要素が不可欠です。
どんな権力や強制力よりよく効(聴)きます。
私たちにとって「価値」という基準は
「生きる」ことに直結します。
本能的な「生」と直結しているようなのです。
例えば「美学」と呼ばれるような、
場合によっては、非効率とも受け取れる
基準にも、人はそれを優先します。
ここと対立する形で、
嘘をついたり、悪事を働くと
自分を偽ると、
それが「生きる」に対して
ストレスになりかねないのです。
そして面白いことに
表面的な「美」や「正しさ」「善悪」は、
人が決めているということです。
人が決めていることであれば、
本来的には人が選ぶことができます。
ですから、まず私たちは、
自分の価値を基準に…すなわち自分にモチベーションが
湧くように生きればいいのです。
ただし、それに沿って行動した時
ときとして、相手のそれとぶつかります。
そこに、人間としての知恵と
コミュニケーション力が発揮される
舞台が用意されるのです。
その意味で、知恵とコミュニケーション力を
お伝えしているNLPは、
あなたが自分らしく生きるために
必要な人間としての生き方
社会の中で、人と人との間で
思い通りに生きるを実現するトレーニングになる
ものです。
これを僕自身のモチベーションの
種である「おもしろさ」を加えて
お伝えしてます。
(初出 アメブロ“ひじま・まさき”のブログ 2016.6.14一部改編)
http://ameblo.jp/awakeners/
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