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“自分は悪くない”は現状を変えるのには“役立たない”

“自分は悪くない”は現状を変えるのには“役立たない”

サラリーマン時代の上司に
「任された仕事は最後までやるんだ」
ずいぶん言われたものです。

 それほど大きなプロジェクトでなくても
 自分一人で仕事が完了するわけではありませんから
 そこには自ずと、“会話”、コミュニケーションが
 あります。

 そしてまた、仕事を頼む相手の、
 意思、理解、能力、経験が存在します。
 
 さらには、周りの状況の変化や、
 突発的なトラブルも、人と人との諍いも
 起こらないとも限りません。

 自分では、そのすべてを自分の想定通りに
 扱うことが出来ない要素がたくさん
 あるわけです。

だから、“自分は悪くない”と言いたくなるのも
人情だなぁと思う、事も無いわけではありませんが、

もし、その仕事をやり遂げたいとしたら
その結果を、手に入れたいとしたら
あなたが“正しい”、“誤りを犯してはいない”ことを
証明する事は、あまり役に立たないはずです。

一方、それが、あなたのいわゆる
“責任の問題”、“賠償などの問題”から
身を守るという文脈においては
必要な議論ですし、必要な方策です。

これもまた、私が
 「何を手に入れたいか」
 「何を守りたいか」
 「何を避けたいか」
 「何から逃れたいか」
によって、“自分は悪くない”の価値は変わってくるってことです。

少なくとも“自分は悪くない”は、
自分の“責任問題”からは逃れることは出来るかもしれません。
しかし、起こっている事態を収集して、
望んでいた結果への到達するためにはあまり役には立ちません。

きれいごとうんぬんではなく、役に立たないのです。

仮に、あなたが任された仕事で、
あなたが、指示を出したり、依頼をしたり
した相手のエラーや状況の変化が
今、問題となっていることだとしても

それを想定していなかったことが
もしかすると“正し”くはなかったのかもしれません。

自分を責めるために、“自分は悪くない”を
否定しているのではありません。

今、何を手に入れようとしているか、
今、何を避けようとしているかを
今一度、自分に問いかけたうえで
“自分は悪くない”と伝えるかどうかを
改めて選ぶと言うこと、反射的に選ばないということ。

…天変地異や人知を超えたことにまで
 責任を取ることは出来ませんから。

しかし、もしまだ、
自分や周りの協力で出来ることがあるなら
もう少し、力を出してみるのも良いと思うのですが。

…あきらめの悪さは、時として、
 停滞した状況の突破力になりますから。

(初出 アメブロ“ひじま・まさき”のブログ 2014.10.3 一部改変)
http://ameblo.jp/awakeners/


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こちらのHPで紹介しています。→ https://nlp.team-awakeners.com/

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