年末が迫ってくると、
思い出すことがあります。
受験勉強。
多くの方に言わせれば
え、今頃? なんで?
と仰る方もいるかもしれませんが、
高校受験も、大学受験も
丁度この頃に、覚悟を決めて
どちらかと言えば、ややストイックな生活に
入った時期なのです。
すると、この時期の思い出は
それなりに、苦しいというか、切ないというか
そう、何度も味わいたいモノでは
ありませんでした。
しかし、もし、その苦しみを
全く感じなかったとしたらどうだっただろうか?
と考えてみると
ある側面では、もしかすると
疲れを忘れて、プレッシャーを忘れて
勉強できたのかもしれない
とも思いますが、
反面、受験に不合格することさえも
苦しいとかつらいと感じなかったとすれば
結局、「受験」に合格するには
上手くない。
少なからず、合格した後の姿、夢を頼りに
受験勉強に励んではいたもけれど、
同時に、落ちるのはイヤだ、
来年もこの苦しさを味わうのはイヤだという
苦しさやつらさから逃れようという
この要素も、私の受験勉強を
進めてくれていたのも事実です。
苦しさやつらさを感じるのは
私達が、その環境にいるべきではないことを
心が、身体が、気持ち、感覚という表現方法で
私達に気づかせてくれています。
つまり、苦しさやつらさを
感じなくなると言うことは、
暗闇の中、落とし穴や、崖だらけの道を
明かり無しでを歩くようなモノ。
思い通りに進む事ができないばかりか、
無事では済まないでしょう。
しかし、その苦しさやつらさが強すぎたり
長すぎたりしたらどうでしょうか、
強い光を照らしながら、落とし穴や、崖だらけの道を
歩いたとすれば、どこが落とし穴で
どこが崖か区別が付きません。
多くの人が感じる、望ましくない感情は
必要だけれども、必要以上に体験することは
ないと言うことになります。
みなさんも経験上から、
過去の苦しい、つらい体験が
今の自分の強さや力を育て鍛えてくれたことも
既にご存じです。
しかし、
今の体力があります。
今の体調があります。
これらが身体的なモノであれ、心のものであれ
それを越えてしまっていては、
そのつらさは、つらさではなく
私達を痛めつける以外の何者でも
無くなる可能性があります。
ですから、
もし、苦しみやつらさに出会っているとしたら、
その苦しみやつらさは、あなたの今の心と身体の体調に
とって、強すぎはしないかどうか。
その上で、今、その痛みや苦しみから
一旦、逃げるか、あるいはサングラスのようなモノで
弱めるか、あるいは、受け止めるか。
自分で選ぶことができます。
私達が喜怒哀楽を感じるのは
とても自然なこと。
必要があって、それを感じています。
ですから、それを感じることを
必要以上に恐れたり、避けたりする必要は
ありませんよね。
今の自分がどうであるかが分かるから
進むためにはどうすれば良いかが分かります。
現在地がわからなくて、どちらに行けば良いかが
わからないことを、「迷子」って言いますよね。
今の自分の気持ちや状態を知らなければ、
それもまた「迷子」って言うんじゃないですか?
自然に起こる感情を、自然体で受け止める
ちょっと意識してみませんか?
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(初出 Facebook NLPフィールドCafe2012.11.27 一部改変)
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